ミネルヴァ神の思い出
この度は「コラム ミネルヴァ」に寄稿の機会をいただき有難うございます。 前橋赤十字病院小児科の清水真理子先生よりご紹介いただきました。私は前橋女子高校から平成6年に島根大学を卒業し、森川昭廣先生が主宰される群馬大学小児科学教室に入会しました。思えば、家族の事情により医会での仕事の継続を「諦めざるを得ない」と覚悟したこともありましたが、森川先生のご高配により勤務を続けさせていただけたことは、今でも深く感謝しております。
さて、今回はミネルヴァ神にまつわる、イギリス留学時の思い出を綴りたいと思います。
医師会報で「ミネルヴァ」というとミネルヴァ・メディカが想起されるところですが、私にはスリス・ミネルヴァが思い出されます。スリス・ミネルヴァ神はイギリス唯一の温泉地バースにある古代ローマ帝国の遺跡であるローマ浴場に祀られていた女神です。この温泉の発見は紀元前836年という説があり、現在でも46度の温水が1日に117万L(812L /分)湧出します。この源泉にケルト人がスリス神を祀って崇拝したことから、紀元43年から410年までの古代ローマ帝国支配下のバースは「アクア・スリス」という街として知られ、スリス神と同一視されたローマの神ミネルヴァがスリス・ミネルヴァとして源泉の神殿に祀られるようになりました。古代ローマ人の風呂好きは「テルマエロマエ」でも知られるところであり、古代ローマ帝国の支配した各地に公衆浴場の遺跡があります。ローマのカラカラ浴場、ディオクレティアヌス浴場やポンペイのスタビアーネ浴場を見学したことがありますが、バースの遺跡は遺構を発掘しただけの遺跡ではなく、源泉を中心とした遺跡であるためローマ時代の遺構である水路に現在も温泉が流れていること、イギリス人の手によって18世紀に本格的に建物が再建・使用されていたこと、博物館を併設していることから、数千年の時を超えて娯楽施設としての実際を体感できる点で秀逸です。面白いのは古代ローマ人には鉛の板に恨み言を書いてミネルバ神の源泉に投げ込む風習があり、古代ローマ人の苦情を知ることができます。また、この源泉が鉛板を損傷しないpHであることは分かりましたが、温泉といったら草津の湯、と思っている群馬県人にはとても驚いた事実でした。いずれにしても、イギリスで古代ローマ遺跡を訪ねるたびに痛感するのは、ここは古代ローマ帝国の支配領域にあったヨーロッパであって、日本ではない、ということでした。ブリストルにいたのでバースは近く、よく娘と電車で出かけました。一つ心残りなのは、ローマ浴場に隣接してあるThermae Bath Spaという温泉施設でバースの湯に浸かることができなかったことです。再び訪ねる機会があったら、紀元前から湧き続けるバースの湯を堪能したいと思います。