元帥の弟子

 同期の相原優子先生からご指名いただき、「コラム ミネルヴァ」に参加の機会をいただきました。私は1992年に、元帥とよばれ、日本中(世界中?)の眼科医が誰でも知っている名物教授だった清水弘一先生が率いる群馬大学眼科学教室に入りました。清水先生の臨床講義が面白かったこと、そして「俺は眼科医になって一度も飽きたと思ったことはない。眼は小宇宙、とにかく面白いんですよ」と言う言葉に惹かれて眼科医になり、清水先生の後を引き継いだ岸章治先生が大学を退官されるまで母校で働き、その後、日高病院・平成日高クリニックで眼科医として勤務しております。

 医師になって30年以上が経過しましたが、やはり、最初の師匠である清水先生に教えていただいたことが、眼科医としての基本になっています。清水先生は、臨床系としては異例の若さで群大眼科教授に就任され、医学だけにとどまらず、博識で、英語、独語が堪能で、天才的な人でしたが、厳しい師匠でもありました。入局して間もなく、ある先輩から「いいか、清水教授の前で血は流しても、涙を流すんじゃないぞ。めそめそ泣く女性には特に辛く当たるから」と言われましたが、まさか現実になるとは思いませんでした。ある日の外来で、清水先生に使ってみろと診療器具を渡され、「どうするんだっけ」と独り言を口にしてしまい、「患者の前で一言でも、ものを知らないようなことを言うもんじゃない!」と鬼の形相の清水先生にすねを思い切り蹴られて本当に流血しました。大人になってから受けた唯一の暴力ですが、勿論泣きませんでした。先生のおっしゃるとおり、患者さんを不安にするような言動をした自分が悪いと思ったからでもありますが、びっくりしたと言うのが正直なところです。それを見ていた先輩に、「これはチャンスだ。学会の抄録、きっと今日なら直ぐに見てくれるぞ。教授のところに行ってこい」とアドバイスされました。流血した夕方に教授室に行き、元気な声を張り上げて「抄録を見てください!」とお願いすると、やり過ぎたと思っていたのか、「はい、はーい」と二つ返事ですぐに抄録を直してくださいました。  最近のドラマのタイトルではないですが、「不適切にもほどがある!」ことが沢山あった時代とはいえ、清水先生の言動が理不尽だと思うこともありましたが、所見の取り方に始まり、学術的な言葉の使い方など、様々なことを教えていただきました。強烈な個性の清水先生から受けた指導だからこそ、骨の髄まで染み渡っているのだと感じます。眼科学は幅広く、深く、面白く、元帥のお言葉通りで、私も一度も眼科診療に飽きたと思ったことはありません。これからも、眼科医として精進していきたいと思います。

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